男性の育休取得を促す「改正育児・介護休業法」が成立し、2022年春以降、順次施行されます。いわゆる「男性版産休」の導入などを目玉とする改正法です。現在でも男性育休の規定はありますが、ほとんど有効活用されていないのが実態です。こうした現状を打開するため、より柔軟な仕組みとルールを現行法にプラスしたのが「改正育介法」です。
新制度の成否は企業や男性の意識改革にかかっており、日本の企業文化に根付いた固定観念を変える必要があります。男性の育休取得の現状や背景を探りながら、現行法にプラスされる新たなルールを解説します。
2025年に男性の取得率を30%に! 現状は?
政府は、2025年までに男性の育休取得率を30%にする目標を掲げています。しかし、厚生労働省によると、2020年の男性の育休取得率は12.65%で、女性の81.6%と大きな開きがあります。それでも、男性は初の二桁台と“奮闘中”で、政府は新制度を起爆剤に取得率の引き上げを狙っています。
厚生労働省が7月に発表した「2020年度雇用均等基本調査」(最新動向)を分析すると、男性の比率は12.65%(前年度比5.17ポイント増)と大幅に増えていますが、このうち育休期間が5日未満の短期取得者は28.33%に上ります。
男性が取得しにくい背景とは
妊娠・出産・育児については、実は現在でも労働基準法と育介法によって、産前・産後の14週間の「産休」と産後最大2年間の「育休」を取得できることになっています。また、復職した場合も短時間勤務や子供の看護休暇などを取得可能です。つまり、妻の出産後、制度上は夫も育休を取得できるのです。それでも現実には活用されていないことから、改正法でテコ入れが必要となりました。
なぜ、男性は育休を取らないのか。民間のシンクタンクの調査によると、社員が育休を取らない理由として、「会社の制度整備が不十分」「職場が取得しにくい雰囲気」「収入を減らしたくない」が2割ほどあり、「会社、上司、職場の理解がない」「残業などの業務が多忙」「自分にしかできない仕事を担当」などが1割ほどありました(複数回答)。つまり、男性社員は子どもの面倒をみたいと思っても、職場環境により、自分に任された業務を優先せざるを得ない状態にあるのです。
そのしわ寄せが女性の負担になっているのは明らかで、出産前まで仕事をしていた女性の約半数は出産を機に退職しており、その多くが「仕事を続けたかったが、育児との両立がむずかしかったので」と理由を挙げています。
新制度「5+1」と施行期日
新たに導入される項目は5つです。施行期日順に並べると、下記のようになります。
- 1.「企業による環境整備・個別の周知義務付け」(2022年4月1日)
- 2.「有期雇用労働者の取得要件緩和」(同上)
- 3.「男性版産休の制度導入」(2022年10月1日)
- 4.「育児休業の分割取得」(同上)
- 5.「取得状況の公表義務付け」(2023年4月1日)
これに、雇用保険法の改正で「育児休業給付の規定緩和」(2022年10月1日)が加わり、全体で「5プラス1」の弾力化が図られます。
現行法 |
2022年4月1日 |
2022年10月1日 |
2023年4月1日 |
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「企業による環境整備・個別の周知義務付け」 | 努力義務 | 義務 | 義務 | 義務 |
「有期雇用労働者の取得要件緩和」 | 努力義務 | 義務 | 義務 | 義務 |
「男性版産休の制度導入」 | パパ休暇 | パパ休暇 | 出生時育児休業(男性版産休) | 出生時育児休業(男性版産休) |
「育児休業の分割取得」 | 不可 | 不可 | 2回 | 2回 |
「取得状況の公表義務付け」 | 「プラチナくるみん企業」 | 「プラチナくるみん企業」 | 「プラチナくるみん企業」 | 従業員1000人以上 |
「育児休業給付の規定緩和」 | なし | なし | 特例措置 | 特例措置 |
- ※パパ休暇:配偶者の産後8週間以内に夫が育児休業を取得した場合、特別な事情がなくても2回目の育児休業を取得できる制度
「男性版産休」などの要所
それでは、「5+1」を具体的に説明します。
「企業による環境整備・個別の周知義務付け」(2022年4月1日)
- 育児休業を取得しやすい雇用環境の整備を義務付け
現行の育児休業と改正による新制度を取得しやすい雇用環境に整備することが企業に義務付けられます。
- 研修、相談窓口設置等の複数の選択肢からいずれかを選択して実施
- 環境整備については、短期をはじめ、1カ月以上の長期の休業の取得を希望する社員が希望する期間を取得できるよう企業が配慮
- 妊娠・出産の申し出をした社員に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け
社員または配偶者が妊娠、出産した旨の申し出をしたときに、当該社員に対し新制度や現行の育児休業制度を周知するとともに、これらの制度の取得意向を確認するための措置が企業に義務付けられます。
- 周知の方法は、面談での制度説明、書面等による制度の情報提供の複数の選択肢からいずれかを選択して実施
- 取得意向の確認は、育児休業の取得を控えさせるような形での周知、意向確認を認めない
「有期雇用の取得要件緩和」(2022年4月1日)
有期雇用の育児休業・介護休業の取得要件のうち「企業に引き続き雇用された期間が1年以上である者」という要件が廃止されます。
- ※ただし、労使協定を締結した場合には、無期雇用と同様に、企業に引き続き雇用された期間が1年未満である労働者を対象から除外することも可能。
<現行は、「引き続き雇用された期間が1年以上」と「1歳6カ月までの間に契約が満了することが明らかでない」の2つの要件>
「男性版産休の制度導入」(2022年10月1日)
男性の育児休業取得促進のため、子の出生直後の時期に柔軟な育児休業の枠組みが創設されます。
- 対象期間、取得可能期間
- 子の出生後8週間以内に4週間まで取得可能
<現行は、原則子が1歳(最長2歳)になるまで>
- 申し出期限
- 原則休業の2週間前まで
- ※職場環境の整備などについて、今回の制度見直しによって求められる義務を上回る取り組みの実施を労使協定で定めている場合は、1カ月前までとしてよい。
<現行は、原則1カ月前まで>
- 分割取得
- 分割して2回取得可能
<現行は、原則分割不可>
休業中の就業
社員の意に反したものとならないよう、労使協定を締結している場合に限り、社員と企業の合意した範囲内で、事前に調整した上で休業中に就業することを可能とする。
- 具体的な流れ
-
- 1社員が就業してもよい場合は事業主にその条件を申し出
- 2企業は、社員が申し出た条件の範囲内で候補日・時間を提示
- 3社員が同意した範囲で就業(上限付き)
- ※休業中就業の範囲は下記の3点に留意する。
- 就業日数の合計は、出生時育児休業期間の所定労働日数の半分以下。 ただし、一日未満の端数があるときは、これを切り捨てた日数。
- 就業日における労働時間の合計は、出生時育児休業期間における所定労働時間の合計の半分以下。
- 出生時育児休業開始予定日とされた日、または出生時育児休業終了予定日とされた日を就業日とする場合は、当該日の労働時間数は、当該日の所定労働時間数に満たない範囲。
- 1
<現行は、就労不可>
「育児休業の分割取得」(2022年10月1日)
育児休業(男性版産休を除く)について、分割して2回まで取得することが可能になります。また、保育所に入所できない等の理由によって、1歳以降に延長する場合についても、開始日を柔軟にすることで各期間途中でも夫婦交代が可能(途中から取得可能)。
<現行は、原則分割不可>
「取得状況の公表義務付け」(2023年4月1日)
従業員1000人超の企業を対象に、育児休業の取得状況を公表することが義務付けられます。
- 具体的には、「男性の育児休業等の取得率」や「育児休業等および育児目的休暇の取得率」を公表する。
<現行は、「プラチナくるみん企業」のみ公表>
「育児休業給付の規定緩和」(2022年10月1日)
「男性版産休の制度」と「育児休業の分割取得」の導入を踏まえ、育児休業給付についても規定の整備が進められています。出産日のタイミングによって受給要件を満たさなくなるケースを解消するため、被保険者期間の計算の起算点に関する特例を設けることが決まっています。
- 新制度が育児休業給付(給付率:180日間までは67%)の対象となるよう、雇用保険法上の手当てを行う。具体的には、休業期間中の就業日数等は、現行の育児休業給付と同等の水準に設定(4週間の休業を取得した場合10日・80時間の範囲内)する。
企業にもたらされる5つのメリット
厚生労働省は、男性の育児休業取得による企業の5つのメリットを挙げています。男性の育児休業を後押しして、魅力ある企業風土を培うことを促しています。
- 1会社が従業員を大切にしているというメッセージになる
- 男性の育児休業取得に取り組むことは、社員の家族を大切にする企業というメッセージになり、対外的な企業イメージの向上にもつながります。今後、労働人口が減少する中で、企業による仕事と育児の両立支援の充実は人材確保にも好影響を及ぼすでしょう。
- 2社員の帰属意識とモチベーションが向上する
- 近年「仕事と子育てを両立させたい」と考える20~30代の男性が増えています。その希望を積極的にかなえることで、社員の帰属意識の高まりが期待できます。また男性の育児休業を後押しすることで、社員の家庭生活は豊かになり、仕事へのモチベーションも向上すると考えられます。
- 3協力し合える職場風土になる
- 誰かが育児休業を取得すると、他の誰かがそれを補い、社員の間で助け合いが進み、育児休業に限らず、休みのときは協力し合える職場風土が培われます。
- 4業務の見える化が進む
- 社員の育児休業取得は、「その人がいないと分からない」といった業務の棚卸や見える化につながり、チーム内・社内における情報の共有化を進める絶好の機会となります。情報の共有などにより、業務改善が進むことで残業が減り、大幅なコスト削減につながった企業もあります。
- 5柔軟な対応のできるリーダー・管理職の養成が可能に
- 誰かが育児休業をとると人員減少などへの対応が求められるため「効率化で穴を埋める」「チームワークを強化して柔軟に対応できるリーダー・管理職の養成」が可能になります。育児や介護により、時間や場所に制約のある社員が増える中、このような管理職がますます必要となるでしょう。
先進事例、企業はどんな準備をすべき?
来春から順次施行される改正育介法で、これまでにプラスした新しい「義務」が企業に求められます。2023年春には「取得率の公表」も義務化されるため、施行前に社内で運用の整備と準備を進めましょう。
また、「男性版産休」や「分割取得」など、社員の選択肢が増えることになるので、しっかり管理・対応できるよう、適切に社員への周知・説明ができるようにしておきましょう。
実効性のある取得促進のための取り組み
最後に、厚生労働省が実施している「イクメン企業アワード 2020 受賞企業の取組事例集」(21年3月発行)から、企業の先進事例を紹介します。
【技研製作所】(所在地:高知県 業種:製造業 従業員数:453人)
- 社内プロジェクトチームが男性育児休業取得を推進
- 「ポジティブ・アクションプロジェクト」という女性主体のチームが組織されている。その活動テーマの一つに「男性育休取得推進」を掲げ、男性も育休を取得しやすい雰囲気づくりとサポートを行っている。
- アンケートで課題を分析、給付金シミュレーションツールを構築
- 育休中は給付金があることも認識がなかったため、その制度と給与明細から簡単な操作で収入の変化が把握できるよう給付金シミュレーションツールを構築して不安の解消を行った。
- 取得の対象社員とその上司への育休説明会を開催
- 社員の意識改革を目的に、男性の育休取得の対象者とその上司に、男性の育休取得を推進するプロジェクトマネージャーの女性役員とチームメンバー、人事課員が育休取得についての説明会を実施。
- グループ全体を巻き込み男性育休取得推進を宣言
- プロジェクトチームの活動の枠を超え、企業として男性育休の取得を推進する活動を実施することを、取締役全員の同意を得て決定。
- <効果>
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- 在籍男性社員の育休取得率 0%(2008~2018年度) → 30%(2019年度)
- 平均取得日数:110.2日(2019年度)
【積水ハウス】(所在地:大阪府 業種:建設業 従業員数:14,801人)
- 対象の男性従業員全員に1カ月以上の育児休業取得を推進
- 法定を上回る3年間(子の出生日から3歳の誕生日の前日まで)を取得可能期間として、対象の男性従業員全員に1カ月以上の育児休業取得を推進している。
- 最初の1カ月を有給とし、最大4分割での取得も可能
- 取得による「経済的不安」や「物理的な取得のしにくさ」などを軽減するため、最初の取得日から1カ月間を有給扱いにするとともに、休業(1カ月以内)が昇給昇格・賞与・退職金の算定に影響しないとしている。また、家庭の事情などにあわせて最大で4回に分けての取得も可能にするなど、柔軟性も持たせている。
- 独自に制作した「家族ミーティングシート」を一般にも公開
- 育休の取得時期や家事・育児の役割分担(現状・育休中・職場復帰後)などについて家族でコミュニケーションを図りやすくするツールとして独自に制作した「家族ミーティングシート」を活用。
- 促進ツールも充実
- 2020年6月には「『わが家』を世界一幸せにするイクメンガイドブック」も制作。取得申請手続きはもとより、取得者の生の声から、休業前の事前準備の重要性や先輩イクメンたちの失敗談、得られた気付きの他、上長や職場の仲間の理解促進やお互い様精神を育んでもらうためのメッセージなどをまとめている。
- <効果>
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- 2019年2月以降に取得期限を迎えた男性従業員は全員1カ月以上の育休を取得しており、イクメン休業制度における取得率100%を維持している
女性の社会活動を支える
新たな制度は、男性のためだけに創設されたのではなく、出産・育児による女性の離職を防ぐことも大きな目的の一つです。そして、希望に応じて男女ともに仕事と育児が両立できるよう、特に出生直後の時期における柔軟な育児休業の枠組みをつくりました。
政府は、女性の社会活動を支えることも意識して、改正法に男性の柔軟な育児休業の枠組みや、育児休業を取得しやすい雇用環境整備、働く人への個別の周知・意向確認の義務付け、育児休業給付に関する規定の見直しを講じました。