コロナ禍において、ビジネス環境の変化はさらに加速し、人材採用は混迷を極めています。特にIT領域では、2030年にエンジニアが60万人不足するといったような予測もあり、各社危機感を募らせている状況です。
そうしたなかで、採用のプロフェッショナルは今何を考え、どのような打ち手を講じているのでしょうか。シリーズ企画「人事戦略の最前線」では、人材サービスのグローバルリーダーであるAdecco Groupが、企業の人事をゲストに迎え、コロナ禍における人事戦略の最前線を伺います。
第1回目となる今回は、Adecco Groupの人材紹介ブランド、Spring転職エージェント(現LHH)のIT領域の責任者である市野友が、アドビ株式会社で採用責任者を務める杉本隆一郎氏に、外部からは見えないアドビの採用戦略や課題、これからの時代に向けた施策について聞きました。
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人事採用のプロフェッショナル、杉本氏のミッション
市野: 本日は、数々のIT企業の採用責任者を歴任された杉本さんと、IT人材採用についてお話しをしていきたいと思います。まず簡単に、自己紹介を兼ねて私どもの事業について紹介いたします。
「Spring転職エージェント(現LHH)」というAdecco Groupの人材紹介事業のブランドで、26カ国にコンサルタント1,500名、日本国内では約250名が在籍しています。職種や領域に専門特化したコンサルタントが、クライアントとキャンディデート双方向に対応する、360度式コンサルティングが特徴です。私はIT業界の責任者をしておりますが、コロナ以降の日本社会の変革を見据え、IT領域のコンサルタントを前年比1.5倍の100名超にまで増員し、これを「IT100プロジェクト」と銘打ちさらに注力していくところです。
続いて、アドビ様の事業内容についてご紹介をお願いします。
杉本氏: 本日はよろしくお願いいたします。アドビは1982年創業で、ITソフトウエア企業としては古参の部類に入ります。現在、35カ国で2万2,000名以上が働いており、日本法人では500名以上の規模です。事業は好調で、年々過去最高益を記録しております。ビジネスのラインナップとしては、大きく3つです。
1つは「Photoshop」や「Illustrator」のような、クリエイター向けのアプリケーションを提供する「Adobe Creative Cloud」。2つ目に、PDFをはじめ、最近は「Adobe Scan」や「Adobe Sign」といった電子サインなどのソリューションを提供する「Adobe Document Cloud」。3つ目は、企業向けにデジタルマーケティングの支援を行う「Adobe Experience Cloud」です。
市野: 杉本さんは、昨年9月にアドビの採用責任者に着任されたそうですね。どういったミッションを担っていらっしゃるのでしょうか。
杉本氏: グローバルでのアラインメントと、組織の成長という、大きく2つのミッションがあります。日本法人では、セールス、マーケティング、コーポレートといったビジネスサイドの採用に注力しています。今後、採用ボリュームの増大が想定される中で、グローバルでの人事施策と連携を深めながら、ワンスタンダードでの採用活動を実施していくには、採用部門自体もスキルアップやサイズアップをする必要があります。これまで大きな採用部門を管掌してきた経験を生かして、組織の成長にも寄与していくことが、私に期待されていると考えています。
インターナルタレントファーストを掲げる、アドビの採用戦略
市野: アドビ様はプロ中のプロを採用している印象がありますが、どのように採用を行っていらっしゃるのでしょうか。
杉本氏: 採用チャネルとしては社内公募や、リファラルが多いですね。アドビにはインターナルタレントファーストというマインドセットがあるため、ポジションが空いた時には社内限定でまずオープンします。そして社員が積極的に手を挙げる風土があり、社内外から候補者が集まるため、ポジションが充足しないという状況はあまり見かけません。ただ、外から入社した者としては、「正しくスクリーニングができているのか」「マーケットにはもっと適切な人材がいるのではないか」という視点を持ちながら採用を進めないといけないと思っています。
市野: 社内公募やリファラルで決まることが多いというのは意外ですね。オープンポジションを効果的に知らせる工夫は、どのようなことをしていらっしゃいますか。
杉本氏: これまでは、メールで毎月ニュースレターを出していました。しかし、それでは読み飛ばされてしまうことが多かったため、現在はSlackなどのツールを活用しています。複数のグループチャネルにどんどんポストして、求人情報と共に「こんな人材がマッチする」「こういう知り合いがいたらどんどん紹介して」といった社内向け求人プロモーションは、今まで以上に積極的にしています。
市野: アドビ様が「働きがいのある会社(Great Place to Work)」のランキングが高いことも、プラスの要因ではないかと推察します。社員のエンゲージメントを高く保つことが重要だと思いますが、どのような取り組みがありますか。
杉本氏: 施策としては大きく2つあります。1つ目は、エンプロイーサーベイを定期的に行い、その結果とそれに基づいたアクションプラン、進捗状況をこまめに共有していることです。2つ目は、上司と部下が継続的なコミュニケーションを行う人事施策「Check-in」を運用していることです。通常の1on1とは別に、最低四半期に一度、上司と部下が1on1でキャリアについて双方向で深く話すことで、部下は自己表現とフィードバックを得ることができ、双方で目線合わせをして納得感のあるキャリアプランを立てることができます。
市野: 我々が人材紹介ビジネスを行う上で重視しているのが、入社後の躍動です。アドビ様のように、入社後も上司との密なコミュニケーションのもと、自己認識と会社からの評価をすり合わせながらキャリアを構築できる仕組みがあることは、入社後の継続的な活躍に繋がると考えられます。
社内と社外のイメージギャップを埋める、採用ブランディングの重要性
杉本氏: 入社後の活躍というところでいうと、アドビで、特にコロナ禍になってよく出てくるのが、「アジリティ」や「フレキシビリティ」といった言葉です。当社ではビジネス自体がどんどんアップデートしており、変化が日常茶飯事といえます。
だから、あらゆる変化に対して許容がある方、そのなかで過去の慣習にとらわれず、ゼロベースで施策を生み出せるような、柔軟性の高い方を、今後も積極的にお迎えしたいと考えています。
市野: 先ほど、「社内公募やリファラル採用が盛んなものの、本当にそのポジションにふさわしい人材を、外からも獲得していく必要があるのではないか」という課題をお話しされていらっしゃいました。外部からもアジリティやフレキシビリティを備えた人材を採用するために、何か新しい取り組みをしていらっしゃるのでしょうか。
杉本氏: 採用ブランディングの再構築に取り組んでいます。日本法人で採用しているのは、セールス、コンサルタント、マーケティング、コーポレートなどの部門ですが、それぞれのポジションにおいて、アドビがファーストチョイスになっているのかというと、疑問があります。現時点でアドビに興味を持っていない人や、限られたプロダクトしか認知していない人に対して、いかに認知をつくっていくのか。それが、外からの採用活動を推進する上での鍵だと考えています。
市野: 確かに、世間一般のブランドイメージと、働く場所としての実態にギャップがあるということは、よく見られることですね。アドビ様はトラディショナルなIT企業というイメージがあり、先ほど杉本さんがお話しされたような、日常的に変化がある環境という認識は外部の人にはないかもしれません。
杉本氏: そのギャップがアドビにもあるのではないかと仮説を立て、最近入社した人や、エージェントなど採用活動における社外パートナーの皆さんに率直な意見をいただき、検証しているところです。自社の理解と第三者の理解にどのような違いがあるのか。それが分かれば、どんな情報をどういうチャネル、どのタイミングで流せばいいのかを掴むことができると思います。市野さんは、そういった社内外のイメージのギャップを抱える企業に、どのようなアドバイスをしていらっしゃるのでしょうか。
市野: 求人票を見ると、仕事内容や入社条件は丁寧に記載してあるものの、他の情報が乏しいということがあります。そうした企業に対しては、入社後にどのようなキャリアの可能性があるのか、その企業がどういうビジョンで事業を進めているのかなど、もっとその企業ならではの特色を出した方がいいのではないかとご提案をすることがあります。
エージェントとの関係構築こそ、良い採用を実現する鍵となる
市野: 外資系企業の場合、グローバルの制約が強く、日本独自のブランディングが難しいのではないかと推察します。日本の採用マーケットに合わせた工夫はしていらっしゃいますでしょうか。
杉本氏: おっしゃる通り、グローバルで設計されたブランドコンセプトがあり、ローカライズが難しいのが事実です。ただ、採用において影響力のあるコンテンツは、ホームページというよりは社員一人ひとりの口コミや、SNSといった個人から発信される情報だと考えます。その人を取り巻くネットワークの中でバイラルに広がっていく情報の方が、影響力が強いと思いますので、社員一人ひとりが身近なところに確実に情報発信することを徹底しています。
市野: なるほど、SNSを効果的に活用していらっしゃるのですね。私たちのような転職エージェントも、まさに求職者の方々に向けて直接情報提供を行うことができますから、ぜひ有効活用していただきたいと思います。
杉本氏: 10年以上採用に関わっていますが、はじめはエージェントの皆さんが「事業部長に会いたい」というのを、「なぜそんな必要があるのか。全部人事を通してくれればいいじゃないか」と思っていたこともありました。今思えば、何て愚かだったのだろうと反省しています。求職者に直接情報を伝えてくださるのは、エージェントの皆さんです。だからこそ、事業に対する想いや方向性、採用における方針など、しっかり知ってもらう必要があります。外部ベンダーの一人のような扱いをしていると、良い採用は実現できないと思います。
市野: 嬉しいお言葉です。事業や採用の責任者の方々にお話しを伺うことで、求人条件だけでは見えない、事業の方向性やトップの想いが見えてきます。そういった情報こそが企業の魅力であり、求職者に対する説得力のある情報提供ができます。
また、選考の途中に求職者が離脱や辞退する率も下がり、入社後に活躍できる可能性の高い職場の見極めにつながると考えています。当社では、これらを踏まえての応募・推薦を「ビジョンマッチ」と呼び強化しているところです。
当社としても、業界や職種で細かく専門特化したコンサルタントを育成し、業界や企業に対する深い知見を蓄積して、良い採用に貢献していきたいと強く思っています。
変化の激しい時代を生き抜く組織創りのために必要な視点とは
市野: 日本の労働人口減少や、専門職の不足など、各社採用においては危機感を募らせています。特にIT業界では、2030年にエンジニアが60万人不足するといったような見通しもあり、当社としても冒頭に申し上げたようにIT領域のコンサルタントを増員し、注力しているところです。そのようななかで、杉本さんは今後の採用市場についてどのようにお考えでしょうか。
杉本氏: 従来は外部からの人材に関しては、定められたジョブディスクリプションにフィットする方を即戦力として採用することがほとんどでした。
しかし、今回のコロナ禍で勉強になったのは、マーケットが変わると、ビジネスのプロセスやターゲットも変化していくということです。その変化に対してどれだけアジャストできるか、振れ幅をもった人材の採用が必要だと感じています。入社時に求められるスキルや経験に加えて、中長期的にその人材が変化にどう対応して、どのようなプラスアルファのバリューを提供してくれるのか、伸びしろをしっかり見て採用の意思決定をしていきたいと考えています。
市野: まさに、入社後の躍動のためにも、必要な要素ですね。単に採用要件のハードルを上回るだけではなく、過去の経歴やキャリアの中で、どのような変化を経験して、どう活躍できたのか、そこが人材の見極めのポイントになりそうですね。
杉本氏: もうひとつは、採用のダイバーシティです。面接官が同じだと、同じタイプの人を採用してしまいがちです。あるチームで同じような人材ばかりが集まると、変化に対応するオプションが限られてしまいます。そこで、面接する人の顔ぶれも含めて、バラエティに富んだ採用を進め、今後のさまざまな変化に対応し得る柔軟性ある強い組織をつくっていかねばならないと考えています。
市野: おっしゃる通り、変化に対応するしなやかな組織をつくるには、ダイバーシティは重要なポイントです。これまで見ていなかったスキルや素養にも視野を広げて、多様な人材を発掘していくことが必要ですね。
そして、私たちエージェントとしては、履歴書や職務経歴書には書かれていない、言語化できない部分を企業にしっかりと伝えることが求められると考えています。単に人材を流動化させるのではなく、その人の本質をいかに企業に提案していくのか。入社後もロングスパンで活躍できるような人材採用に貢献するためにも、しっかりと取り組んでいこうと思います。
本日は、どうもありがとうございました!
Profile
上智大学卒業後、20年以上にわたり人事業務を経験。楽天で6年ほど中途採用マネージャーを経験後、リンクトイン日本法人立ち上げに参画。日本オフィス代表としてビジネス全般と人事を統括した。その後、人事・採用領域に軸を戻し、アクセンチュア、日本IBMでの採用責任者を歴任。2019年9月アドビに入社。新卒・キャリア採用全般の取りまとめを担う。
上智大学卒業後、1997年アデコに入社。IT派遣部門の営業としてキャリアをスタートし、2001年に支社長、2010年に東日本エリアマネージャーに着任。2014年にSpring転職エージェント(現LHH)にてIT領域の責任者となる。キャリアを通してIT領域の人材ビジネスに携わっている。
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