日本では長く「中途採用は新卒採用を補完するもの」との考え方が一般的でした。
現在では外資系企業はもちろん、国内の大手企業でも徐々に中途採用の重要性が増しつつあります。背景にあるのは、優秀な人材をビジネスの人材需要に合わせて採用していくという考え方です。
一方で、求職者の意識も、キャリアパスに対する考え方や仕事観が多様化するなど、中途採用市場に大きな変化が見られます。
働き方や転職に対する考え方が転換期を迎える中で、優秀な人材を確保するための「響く求人票」とはどんなものか。
さらに、入社後のミスマッチを減らすような採用活動について、採用コンサルティングを手がけ、転職市場の最前線を知る株式会社プロッソの代表、牛久保潔さんにお話をうかがいました。
求職者は入社時の好条件ではなく、働きやすさを求めている
長らく転職市場では、求職者は、給与などの待遇、将来性ややりがいなど、条件の良い企業を求めてきました。採用活動を行う企業としても、条件面で他社との違いを打ち出すことで自社の魅力をアピールしてきました。
しかし近年は、明確なビジョンを持ち、自身のキャリアパスや仕事観に照らして、労働条件だけにとらわれない選択肢を持つ求職者が増えています。理想とする働き方があり、それに見合う条件で働きたいと考えるように変化しています。
こうした求職者の意識の変化に対し、企業が重視すべきこととは何でしょうか。
「私が採用コンサルティングの際に重視するのは、『求人像』の明確化と他社との『差別化』です。なぜなら、『どういう人材が欲しいか』を突き詰め、それを適切に求人票で表現できていない企業が多いからです。
求人像を明確にするメリットは、その企業で活躍できるスキルや経験、仕事観などを求職者にハッキリ伝えられることです。他社との差別化については、企業ごとに異なる価値観(会社設立の背景、社風、どのような活躍を評価するかなど)を整理し、それに基づく給与、待遇といった条件をアピールすることで、求人票に厚みを持たせることができます。
この価値観に対して興味を覚え、反応できる人こそが求人像に合致した人材であり、採用のミスマッチを避けることにもつながります。もちろん、入社後のパフォーマンスも高くなると考えています」(牛久保さん)
多くの企業では、会社設立の背景、社風、仕事のやりがい、評価基準、どんなタイプの社員が多いのかなどは自社のWebサイトに記されているものの、それぞれが独立した情報として掲載されています。
牛久保さんは、これら一つひとつの情報を関連付け、ストーリーとして伝えることが重要だと話します。
求人票に整合性を求める求職者
このように牛久保さんは、採用シーンでは、その企業ならではの価値観を土台にして条件面をアピールしているものがいい求人票だと話します。
「そのためにも求人像の明確化は欠かせません。例えば、実際に活躍している社員をロールモデル化するのも一つの方法です。自社内で高評価を得ているのはどんな人か、適性検査ではどのような結果であったのかなど、活躍している人材をベースに、その企業らしい求人像の解像度を上げていき、彼ら・彼女らの要素を求人票に反映させるのです。
また、競合他社がWebサイトで発信している情報や求人票をチェックして、内容の差別化を図ったり、求めている人材が応募しそうな他社の求人票を参考にして、自社に足りない要素を盛り込むといった地道な取り組みも疎かにしないでいただきたいです」(牛久保さん)
とはいえ、差別化といっても歴史が浅かったり、特徴ある製品やサービスを持たない企業にとっては「何が自社のアピールポイントになるのか……」と頭を抱える採用担当者は少なくないかもしれません。特に条件面についてはそうでしょう。しかしこの点について、牛久保さんは工夫の余地は必ずあり、伝え方一つで求職者の気持ちは動かせると強調します。
「例えば給与の場合。毎月の給与額が業界平均より高いことをアピールするのか、それとも毎月の給与額は業界平均よりは低めだが、キャリアパスを示して10年後のトータルでの給与水準の高さや安定性を示すのか。求職者が企業に対して求める条件は多様化しています。自社の強みを整理して、どの切り口で自社の強みをアピールすれば求職者に響くのかを意識しましょう」(牛久保さん)
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求人票とリンクする自社Webサイトの重要性
採用活動では、ハローワークや人材紹介会社などのフォーマットに記入する形で求人票を作成することがよくあります。しかし、自社サイトの採用ページのような、自由に作れる「非フォーマット型」の求人票は、他社と差別化する上で非常に有効です。
採用メディアの多様化が進む中で、求職者は興味を持った企業のWebサイトは必ずチェックしますので、社外に提出する求人票よりも、自社サイトで発信する「非フォーマット型」の情報を最新最良に保つという意識が大切です。
「フォーマット型の求人票では伝えられる情報に限界がありますので、自社のWebサイトを活用することで、求職者に比較材料を提供できるのがメリットです。例えば、経営トップが自身の言葉で、自社の成り立ち、成長してきた背景、社員への思いを語ることで、その企業ならではの価値観を伝えられます。また、社員自らが業務を紹介するコーナーはよく見かけますが、こういったものを全募集職種で用意したり、職場の雰囲気を見せたり、組織責任者が戦略や今後の見通しについて語った上で勧誘すれば、良い情報発信になるでしょう。
こうしたメッセージや言葉によって、求職者の不安は解消されていきます。最近では特に動画コンテンツのもたらす効果に注目が集まっています。動画は、定量的な情報にも増して、話している人がどういう人物か、楽しそうに仕事をしているかどうかなどの雰囲気が伝わりやすく、大きい影響が期待できます」(牛久保さん)
自社のWebサイトの採用ページは、とかく自社のプラス面の情報ばかりが並びがちかもしれません。求職者に響く情報発信のためには、一歩踏み込んで「マイナス情報についてもしっかり触れるべき」と牛久保さんは説きます。
「クチコミサイトに転職者や元社員たちによる自社のネガティブなクチコミが掲載されていたとしましょう。企業としてはできれば触れられたくない情報かもしれませんが、クチコミは自社の課題を客観的に浮き彫りにしたものと言えます。しかもクチコミは常に変化し続け、時に大きな影響力を持つ可能性があります。耳の痛い意見であっても放置せず、Webサイト上で随時ネガティブなクチコミに対応できるような情報を自社サイトなどで流し続けることは、信頼を醸成するという意味で重要です」(牛久保さん)
最も効果的な採用メディアは社員一人ひとり
実際の採用活動では、求人票だけに注力しても、結局面接で上手くいかないケースもあります。牛久保さんが説く「ストーリーで語りましょう」という観点は、実は面接を担当する社員にとても役立ちます。
「自社の強みを求人票に反映させるのは最低限やらなければならないことです。その上で、応募者と接し、その意思決定を左右するのは『面接官』の言動です。 給与などの待遇、職場環境、独立のしやすさなど、応募者のこだわりはさまざま。面接官が自社の強みを理解・整理した上で、応募者が求めるものに合致した内容でアピールできるかどうかが大切です。転勤を避けたい応募者に対して、全国でビジネス展開していることを強くアピールしても意味がありませんからね。
面接では『正直、上司は●●については厳しいですが、知識が豊富で丁寧に教えてくれるので、私もこの会社に入ってだいぶ成長できたと思っています』と、笑いながらサラリと伝えられたら、応募者が前向きに捉えてくれる可能性は高まるでしょう。
細かな部分では、口角を上げて話すことは好印象を与えますし、緊張している応募者への“Welcome(ウェルカム)”な雰囲気づくりにも役立ちます。企業の採用活動は、採用すればいいのではなく、入社していただき、活躍してこそ成功と言えますので、こうした採用担当者の『人間力』は重要な要素だと思います」(牛久保さん)
「社員一人ひとりが採用メディア」――転職に対する意識が変わり、IT化の進展で採用メディアやツールが多様化・複雑化した現在でも、この言葉が伝える真理に変わりはありません。むしろ、一点突破の強みだけで応募してもらえる時代ではなくなってきつつありますから、言葉の持つ意味はより重みを増しているとも言えます。
牛久保さんは、実際に転職して入社した社員たちも、いい求人票を書くための貴重な財産であると指摘します。「入社した中途採用社員を集めて、どうしてこの会社を選んだのか、ぜひディスカッションしてみてください。求職者の心に訴えるために、求人票で足りないものはないか、もっとアピールすべき自社の強みは何かを考えるヒントが得られると思います。それに、中途採用でも『面接で会った人が良かったから』という回答が多く、中途採用においても、条件に負けず劣らず『人』が重要であることに驚くかもしれません」(牛久保さん)
求人票作成時のチェックポイント
- 1どんな人材を採用するか求人像を明確化する
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- 時社で活躍している人材を分析する
- 競合他社の求人票、情報発信と比較する
- 中途採用の社員に入社理由を聞く
- 2自社Webサイトの採用ページを充実させる
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- 自社の価値観や成り立ちと採用情報を関連付けストーリーとして発信する
- 動画コンテンツを充実させる
- マイナス情報にも積極的に対応する
- 3「わるい求人票」の例
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- 自社の強みや価値観の整理ができておらず、ストーリーの打ち出しが不十分
- 競合他社との差別化ができていない
- 自社で活躍できる人材の分析が甘い
- 自社の採用サイトに掲載する情報の更新頻度が低い
- 自社のWebサイトなど他の採用メディアとの情報の整合性がとれていない
取材
Profile
埼玉県生まれ。日本大学法学部卒業。日本DEC(現日本ヒューレット・パッカード)を経て、日本オラクルに入社。採用部長を務め、2003年10月にプロッソを設立。